鋭利なナイフのように刻みつける
 その心に重なる冷たい銀の十字架
 この背徳の輝きは温かい


COOL SILVER




「来い!死にたくなければな!」
 誰かが僕に叫んだ。躊躇う僕の手を取って、窓から飛び降りる。
 自由落下の中、僕の目の前で銀のペンダントが月の光に輝いた。
 ――十字架
 黒い手袋のはまったその手、僕の手を握る反対の手には拳銃。
 黒いコート。
 僕を見て、ニヤリと微笑んだその顔。
「……死神?」
 僕はそう呟くと、意識を手放してしまう。
 薄くなっていく意識の中で浮く感覚だけ捕まえたのは覚えている。
 ――後は覚えていない。

・ ・ ・

 キリストが生まれてから2099回目とされている年の冬だった。
 地球温暖化に伴う海面上昇で、世界は大きくそのカタチを変えていた。
 そして20年前、異様なスピードで海面が上昇した。
 多くの大都市は水没しかけ、やむなくその機能を移転させた。
 それにともない、機能を失ったかつての都市は寂れていく。
 「大阪」と呼ばれた都市もそのひとつだった。

 そのかつてのオオサカ・シティの一角にその事務所はあった。ドアには「旭丘探偵事務所」というプレートが掛かっている。
 昔、その地区は夕陽丘と呼ばれていた。「ジョークだ」とその事務所の主は言って笑う。
 強い北風の中、その主が事務所の中へ駆け込んでいく。
「…やれやれ、事務員でも雇おうかな」
 くわえタバコのキャメルが揺れている。ドアを開けても冷たい空気は変わらない。しかし、言ってはみたが、同時にそんなことは出来ないのは知っている。
「ただいま…なんてな」
 そういって嗤う。ここが彼の居場所かといったら答えはNOであるからだ。

 探偵事務所の看板の下には彼の名が。
 Makoto Himuro
 ――氷室 真
 それがこの事務所の主の名前だった。

 暖房が利いてくる頃、事務所のインターファンが鳴った。
「よお、氷室」
 画面越しに氷室にとっては見慣れた男が、現れた。
「…ドクはヒマと見える。平和なこった」
 氷室はそう呟く。そして、電子ドアロックとセキュリティをOFFにする。
 しばらくして男が入ってくる。男は部屋に入るなり、先ほどの言葉に返す。
「お前だって、ドクだろうが。シン」
 その言葉に、氷室は向かっていた端末から目を離さないまま返す。
「わざわざそちらの名を呼ぶな。嫌みなヤツだな、久野」
 そう言い終わってから、椅子をカラリと180度回転させた。
 その氷室に向かい合っているのが久野という医者だった。だから「ドク」。この界隈ではわりに有名である。それは彼が闇医療にも手を染めているからである。公然の秘密というやつだ。
 そして、氷室が「ドクター」なのは、博士号取得者であるからである。
「今日はもう良かったのか?氷室助手」
 助手とも呼ばれるの彼のは本職が、ある私立大学の工学部の助手であるからだが、最近は副業であるこの事務所の方が儲かっているという。
 久野は暗にそのことをからかってもいるのだ。
「ああ。論文は出来てるし、気難しくて厄介な助教授殿も今日は珍しくさっさと帰られたのさ」
 真面目くさった顔で氷室は答えた。
 ……そう言っているお前だって十分気難しくて厄介だろうが、と久野は思わなくもない。
「論文、読むか?」
 氷室は久野にそう訊いた。
「お前の、あの詭弁じみたシステム論は聞き飽きてるよ」
 久野はそう返す。
「まあな」
 氷室は苦笑して頭を掻く。二人は大学2年の時からの付き合いだ。その当時から久野は氷室の「講義」に付き合わされている。

「…最近、仕事減っただろ?」
 久野はそう切り出した。
「そりゃそうだろうよ、この街も人が減ったからな」
 氷室は答えた。
「違う。もう一つの『仕事』だ、シン」
「…そっちか」
 溜息をつきながら、氷室は答えた。吸い終えたキャメルを灰皿――駅で見るようなサイズのものだ、に放り、新しいキャメルをくわえた。
「ああ、…最近はしていない」
 深い吸い方をし、紫煙を吐き出しながら答えた。
「依頼が減ったワケじゃないだろう」
 氷室はその言葉に頷いた。
「…俺の出る幕じゃないと思うことの方が多いのさ」
「確かにな。今のこの街の荒れ方を見りゃ、仇討ちなんてキリがない」  
 久野は肩をすくめ、そう言う。氷室は何処か遠くを見るような目つきをした。
「…双方に理由があるのに、俺がどちらかの味方なんてできないさ」
 やがて、そう重く口を開く氷室。
 久野はその様子にややシニカルに答えた。
「そりゃ、趣味とビジネスの違いだな。えり好みできるのは」
 その言葉に氷室はちらりと久野を見る。
「趣味ね…まあ、そうなんだろうな。だけど、やっぱりこの街は下らなさすぎる事件が多いな」
 呟く氷室の胸元で銀のクロスが揺れた。
「…まあ、この街は嫌いじゃない。混沌の街だ。いろんなものが溢れている」
「その方がより人間らしいとでも言うのか?」
 久野が問う。
「お前もそう思ってるからこの街に住み着いたんだろう?」
 氷室は訊き返すことで答えた。
「そうだろうな、きっと」
 久野はデスクからキャメルを奪い取る。一本くわえると、氷室の吸っているモノに先をくっつけて火をもらう。しばらく沈黙が続いた。

「珍しく、シリアスだな」
 ふと気付いた久野が笑いながら言った。
「ああ、そうだ」
 氷室も笑って返す。だが、すっと
「…何かあったのだろう?」
 と久野は急に真顔になって訊いた。氷室は答えた。
「――依頼だ。『シン』へ」
「引き受けるのか?」
 そう訊かれても、氷室の答えはない。ということは大方引き受けるつもりだろうと、久野は思う。今までの付き合いで、嫌なときは簡単に「嫌だ」とはっきり言う性格なのは知っている。そして、嫌なことは引き受けないことも…こちらの仕事こそ、その傾向は顕著になる。
 とうの氷室は黙りこくって、何かを考えている様子だった。久野は待つ。二人とも沈黙は嫌いではない。
 そして氷室は、口元のキャメルが燃え尽きる頃にやっと口を開いたかと思うと、
「……政府関係筋だ」
 さりげなく爆弾を落とす発言をした。
「!?…権力に手を貸すのは、お前の主義に反するだろう?」
 久野は驚きつつも、そう言った。
「その権力が狙っているのはコード308関係だ」
 氷室は答え、再び端末に向き合うと、ある資料をダウンロードする――情報屋からだ。そこにつけられた資料番号はやはり「308」。別にその情報屋がつけた番号ではなく、新聞などに使われる一般的に知られた、事件・事故に付けられる番号だ。…急激に情報化社会化が進んだ50年前に、マスコミは情報の混乱を防ぐためそのような処置をとったのだ。
 氷室は端末を見て眉をひそめる。
「…コード308。――やはり人為的だったってことか?」
 表示されたのは、20年前の『都市水没』に関することだった。
「人為的ではないか?」とは、20年前から言われていた。あまりにも「急激」過ぎたからだ。そのことから、久野は「やはり」と言ったのだろう。
「そういうことだろう」
 氷室は頷いた。それを見て、久野は考える。
「しかし…それは、…お前が引き受けられるような仕事なのか?」
「それだけ『ご内密』にしたいのだろうよ」
 そこら辺が妥当だろう。氷室は半ばそう自分に納得させるように言った。
「良いのか?」
「…それこそ、仇討ちが出来るかもしれないんだぜ?」
「だから良いのか、と訊いたんだ」
 久野は落ち着いた声で言った。
 氷室はじっと見据えるようにして言う。 
「…引き受ける。奴が仇になるのは俺だけじゃないだろうから」
 その答えを聞いて久野はふっと表情を緩めた。
「お前のために、やれよ」
 久野は言った。
「『結局は自分のためだ』と言って殺すお前だから俺は許せる。みんなのためとか、ボランティアなんて言ったら俺がお前を殺すからな」
 それは氷室にとっては最高の励ましだ。
「…ありがとよ」
 呟くように言った。
「止せ、お前に殊勝にされるのは慣れてないんだ」
 そう久野は言うと、出ていく。
「頼まれもの、ここに置いておくな」
 そう医者口調で言うとテーブルの上に薬の瓶が置いた。
「ああ、それでも良くなってはいるんだ」
「なら結構」
 久野は頷く。
「まあ、程々にしておけよ。俺はお前に死なれると退屈なんだ」
「俺がいなくたって、ハルがいるじゃねぇか」
 やや揶揄い気味に言った。
「ハルは……別格だ。それにお前はライバルでもあるんだぜ?そのこと忘れるなよ」
 じゃあな、と言って手を軽くあげて久野は去った。
 その姿を見送ったあと、氷室は端末に向かった。


 しばらくして先方に反応があった。


 高原 旭さんよりの戴きものです。
 オリジが欲しいな★などとたわけたことをほざいた神崎に、素晴らしい物を読ませて下さいました(感涙)
 未来、SF、探偵もの〜♪もう!続きが楽しみで楽しみで……
 プロローグの彼は誰なのか?語られる主要都市水没の謎とは!?さりげにいい感じの氷室とドクの関係は??(ハルという存在に大期待)
 以下次号!!!(マジ)




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